当ブログは移転しました。

移転先 : リッツ美容外科 大阪院 志賀院長ブログ


先日、大学時代の同級生が教授になり、同級生主催の就任記念パーティが東京であったので行ってきました。

私は卒後初めての参加だったので、20数年来の友人にも会うことができました。みんな◎◎病院院長や◇◇医師会会長、△△大学教授やらの肩書きがついているので、驚きと同時にとても嬉しく、励みになりました。

A「おお!志賀あ!生きてたか!活躍してるらしいな。」

「なんとかやってるよ。」

そのとき、学年のマドンナ的存在だったUさんが現れ

U「志賀くん、元気!」

「(ドキッ)あ、ああ元気ですヨ。おひさしぶりです。」

私と同じ年齢ですから51歳なはずです。私の知ってる25歳のUさんから26年も経っているのに、35歳くらいにしか見えません。昔から化粧気のない笑顔の素敵な女の子でした。(この超人的に素敵な笑顔の前では、私など固まってしまいます。もし私が犯罪者でUさんが刑事の設定で、この笑顔で「志賀くん、全部話しちゃいなよ。」と言われたら、やってないことまで自白してしまいそうな感じなんです。こんな笑顔で接してもらえる患者さんっていいなあ。)しかし何年たってもキレイな人はキレイなんだなあ、と固まって見とれてしまいました。(初参加の理由も、この女医さんに会うためだったんですけどね。笑。)

A「名刺くれよ。」

「ああ、はい。」

U「私も。」

「はい。」

名刺を手渡すと、二人とも名刺を目から遠くに離して、見づらそうに見ています。

そうか、老眼なんだ。美しさは保てても老眼になるんだなあ。でも、その見方がまた素敵などと、また見とれてしまいました。キレイっていいなあ。

彼女が帰宅し、二次会、三次会と男同士の話は深夜2時頃まで続きました。

深夜遅くホテルについてベッドの上に倒れこみ、Uさんとの思い出をニヤニヤしながら夢見つつ爆睡中でした。そのときです。

「ううううっ」

なんか喉の奥に物の感触がして目が覚めました。

「ゲホゲホッ うえっ」

なんと、奥歯の銀(?)歯がはずれて、喉に落ちたようです。なんとか吐き出しましたが、

「あぶないなあ。あぶなく救急車だよ。これを歯医者さんに持っていってつけてもらおう。」

などと寝ぼけ頭で考え、銀歯をパジャマのポケットにいれてまた爆睡しました。

その数日後、なんとなく奥歯に痛みがありました。

「そうだ!あのとき銀歯がとれたんだ!!あれ?とれた銀歯どこいったっけ?」

と、やっと思い出しました。

銀歯はある訳もなく、ホテルに

「銀歯わすれたんですけど。」

と電話するのも恥ずかしいので、歯医者さんに行くことになりました。

歯科医「虫歯ですね。」

「はあ。とれないようないいものを詰めてください。(ガックリ)。」

 

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あけましておめでとうございます。

大阪の正月といったら 十日えびす。

P1001227.JPGのサムネール画像今年もスタッフと一緒に行ってまいりました。

目的のひとつは、去年買った福笹を納めて、新しい福笹を巫女さんに作ってもらうことです。社(やしろ)内に入ってお賽銭を投げ、お参りをします。

お参りが済んだら、笹を頂きます。枝ぶりのよい笹を手にしたら、それを持って、巫女さんたちのいる場所へ移動します。毎年、自分の一番好みの巫女さんを探して、お飾りをつけてもらうのです。

P1001226.JPG20人近くいる巫女さんの中から、福をくれそうな方を探します。

スタッフ「院長、あの巫女さんがかわいいんじゃないですか?」

「いやあの子は、ちょっとエラはってるなあ(巫女さんごめんなさい)。」

「あっちの子だ!上品かつキレイ!笑顔も知的!輪郭も最高!」

ということで、お飾りをたくさんつけてもらいました。やはり、その巫女さんは関西外語大学の才女で、とてもかわいらしい良い方でした。

 
お参りが済んだら屋台めぐりです。

少しばかりのお年玉をスタッフに手渡し、食べたいものを食べまくります。

私はべビーカステラをつまみにビール、串焼き、べっこう飴、おみやげにたい焼き、北海道産のたらこを買いました。

スタッフもここぞとばかりにホルモン、焼き芋、から揚げ、じゃがバターなどを食べています。

「たくさん食べろよ!あげたお金は全部使っちゃえよ!」

実は、帰りに 最近見つけたおいしい鮨屋に連れて行ってあげようと考えていたので、あまりの空腹でスタッフを連れていったら 私の財布の中が空っぽになることを恐れ、少しでも胃の中にいれさせようといった作戦なのです。

「ほら、もっとたべろ!こんなときはダイエットなんて考えるな。」

スタッフ「院長ー無理!!もう 食べられませーん。」

作戦大成功です。

帰りのタクシーに乗って

「今日はお疲れ様。最近 おいしい鮨屋を見つけたから、食べられる人は連れていくよ(ニヤニヤ)。」

スタッフ「行きまーす。」

「え(驚)!食べられるの?じゃ じゃあ行こうか。」

ガラガラ

「いらっしゃいませー!!」

元気の良い鮨屋さんの掛け声

「好きなものお好みで食べていいよ(ニヤニヤ)。」

スタッフ「キャー!お鮨なんてひさしぶりでーす。じゃあ、全員にとりあえず大トロにサーモンに炙りサーモンにぼたん海老に、ブリでー」

「えっ(慌)!とりあえずでそんなに!!」

スタッフ「もう一回 サーモンと炙りサーモン!院長!食欲ないんですかあ。あまり食べてないですよねー。」

「あ!鉄火巻きをひとつ」

スタッフ「おいしい!サーモンを刺身で。それとアジも」

スタッフ「おいしーい。次は・・・次は・・・」

延々と続く注文の嵐に

「作戦は失敗したようだ・・・・・・・・・・・」

スタッフは帰りに太巻きのみやげまで持って帰りました。



先日、仕事が休みだったので東条湖おもちゃ王国に2歳の子供を連れて行ってきました。

昼過ぎに昼食をとろうと道の駅で停車しました。そこには地元でとれた野菜の販売店があり、なすやきゅうり、卵などが陳列されてました。子供をだっこしながら

「今日のまんま(ごはん)はなんにしようかなー」

と子供に話しかけていたら、突然大きな声で

「あ!みいみい(虫のこと)!みいみいや!」

と、隅の方を指しています。よくみると 鈴虫がかごの中に入ってセットで並んでました。

「みいみいボクの!みいみいボクの!」

この暑い夏の夜に、鈴虫の音色もいいかな、と思い買ってあげました。

ただ私の家内が虫嫌いなのだけは気になってました。

トイレから帰ってきた家内に

「子供が鈴虫をほしがっていたから買ったぞ」

「え?どれ?・・・うわあ!見た目ゴキブリといっしょやん!ベランダに置いてな!」

と、予想通りの返事。

「’(心の中で)えー!ゴキブリと同じ!?たしかに真っ黒で似てないこともないなあ・・・・・・・・」

私は帰り道、運転しながら妄想に入っていきました。

もし、オレがゴキブリだったらどうしよう。

鈴虫はきれいな音色で鳴くから、新聞紙で叩かれることもないし、エサももらってカゴの中にも入れてもらって優雅に生活してるよなあ。

ゴキブリはキレイな音色で鳴くことも無く、エサも貰えないから隅っこでかさかさとエサを探して走り回っているだけだから人間に嫌われるんだな。

確かに人間の世界もかっこいい男や、かわいい女性が好かれていい思いしてるもんなあ。だからオレも美容外科医になって助けようと思ったんだしなあ。

でも顔やスタイルが悪くても、努力して才能を開花させている人間もいるし・・・・、顔だけではないいんだよな。

ゴキブリと鈴虫は何が違うんだろう??

そうか!オレがゴキブリに生まれたら、努力して羽を一生懸命にこすってきれいな音色がでるように努力すればいいんだ。

そうしたら、スズムシ君やコオロギ君とも仲良くできるかも。

けど、見た目もちがうぞ・・・・・・

そうだ!!ゴキブリはエラが張ってるんだ。首と胴隊が一緒だもんなあ(笑)。 

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キレイな音色を出せるようになったらエラ削りして、小さな顔のスズムシ君みたいになってしまえばいいや!!

そしたら 「みにくいアヒルの子」じゃないけど、大人になってスズムシ君やコオロギ君を見返しちゃったりして・・・・・(大笑)

そんでまたゴキブリ界でも輪郭で有名なクリニックを作っちゃったりして・・・・・・クスクス

「パパ!何をニヤニヤしてるの!次の高速の出口で降りなきゃだめよ。」

「あ、ああ そうか。」

夜、鈴虫はベランダの涼しいところで「リーンリーン」とキレイな音色を聞かせてくれてました。

 



一年前の出来事です。

ちょっと顎の長いきれいな女性がカウンセリングにきました。

「先生!主人と喧嘩して家を出てきたから、その間に顎を短くしてキレイにして。」

と、若干興奮気味です。

「それは好いけど、ご主人に同意をもらったほうがいいんじゃない?」

「前から言ってるからいいんです。おねがいします。」

「うーん(困)。」

2週間の間に細かいシミュレーションをしたりして、少し冷静になるのを待って手術となりました。

この方は顎の長さだけではなく少し丸い印象でしたので、顎の長さは大きくとらず、エラと顎の間(オトガイ神経下)を切る術式(V字型切除)になりました。

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手術は予定通りに終了し、1週間後に来院しました。

私「1週間なのに、腫れも引いて予定通りだね。うん!大成功!」

PT「先生・・・・・・・・・・・・・(泣)」

私「え(驚)!どうしたの?」

PT「こんなにキレイになっちゃって、主人にバレたらどうしよう(泣)」

私「うーん。この切り方だったら、男性には気付かれないと思うよ。手術することを知っていた人はいないの?」

PT「妹には言ってあったので見せたんだけど、すごい小顔ななってきれいになったと羨ましがるんです(泣)。」

私「1週間でここまでハレが引いて、そこまでの評価なら大成功だよ。」

PT「でも、1週間でこんなにキレイになるのだったら1か月もしたら、もっと変化がでるんですよね(泣)。もっとキレイになっちゃうんですよね(泣)。」

私「それはそうだけど・・・・・」

なんとも不思議な会話です。キレイになって喜ぶところを泣いているのです。なんとかなだめて、その日は帰りました。

1か月後、

PT「先生!ありがとう!主人と会ったんだけど、痩せてキレイになったと褒めてくれたんです。」

私「・・・・・・・・・(苦笑)」

PT「ホントにしてよかった。ありがとうございました。」

私「ひとつお願いがあるんですけど。」

PT「なんですか(笑顔)」

私「今までの経過が あまりにもおもしろかったのでブログに書いていいですか?」

PT「私、先生のブログを読んでこのクリニックを選んだので、いいですよ。」

私「ありがとう。ご主人と仲良くね。」

 

なんとも不思議な女心を体験しました。ちょっとしたことでコンプレックスを感じ、ちょっとしたことで自信をとりもどす女性を知らかった私は、

「まだまだ修行が足りないな。」

とつぶやいてしまいました。

詳細につきましてはリッツ美容外科ホームページ:輪郭(フェイスライン)の項をご覧下さい


 

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昨晩の出来事です。

子供の世話をしにきてくれている義母が「由章さん、うちの主人が突然気分が悪くなったと 倒れたと電話があったので帰りますね。」

私「え! どんな状態か私が直接伺いますよ。もしもし、おとうさんですか。」

義父「すいません(元気がない声で)。さっき、夕食の後、風呂に入ろうとしたら、下腹部に鈍痛があって、冷や汗が出て、下半身の力が抜けてしまったんですわ。」

私「わかりました。これから義母をつれてそちらへ向かいます。」

いやな予感がしました。既往歴は高血圧があるだけです。脳出血、大動脈瘤の破裂、大腸がんなどさまざまなことを考えました。

車に乗って10分してから、状態を聞くためにもう一度 義母に連絡するようにお願いしました。

義母「なんか 先ほどより意識がもうろうとしてきているみたいです。おとうさーん!もしもーし!」

これはまずいと考え、携帯から救急車の要請をしました。

「もしもし、63歳の男性ですが、30分前から下腹部の鈍痛と下半身の麻痺、それと少しずつ意識レベルが落ちてきているようです。既往歴は高血圧しかありませんが、家にひとりでいるので救急車の要請をします。私たちも20分くらいで着くと思います。住所は・・・・・・・・です。よろしくおねがいします。」

家に到着すると、救急車が到着しており、近所のおばさんたちも群がってました。

私は走って家の中に入り、血圧、呼吸状態、腹部所見や神経学的な所見をとりました。意識レベルは正常にもどっていたので、救急隊に「大丈夫です。搬送してください。」

私が救急車内に乗り込もうとしたそのとき

近所のおばさんA「大丈夫でっか?」

私「たぶん問題ないと思います。お騒がせしました。」

近所のおばさんA「あんた お医者さんなんやろ?。聞いてるわ。おっちゃん(義父)も安心やわなあ。」

近所のおばさんB「ほんまやなあ。私たちのときも頼むでえ」

近所のおばさんC「ほんまやでえ。」

私「・・・・・・」

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その後、病院に到着し、バイタルサインをチェックし、様子を見て帰宅となりました。帰りぎわに

私「看護士さん、採血の結果はどうでしたか?」

看護士「採血ですか?先生も大丈夫やろ、ということなので、深夜ですし明日かかりつけのお医者さんでしてください。」

わたし「・・・・・・・わかりました。」

釈然としない結末でしたが、これ以上、迷惑かけてはいけないと考え帰宅しました。

それにしても 大阪のおばちゃんたちは恐るべし、でした。



「他院でエラを削ったのですが、変化を感じません。むしろ顔が丸くなったような気がします。」

といった患者さんがいらっしゃいます。

こういった方の輪郭を拝見すると、明らかにバランスの悪いことがわかります。

当院でエラ削りをした後の患者さんは、100パーセントの確率で

「皆に痩せた?って言われるんです。」と おっしゃいます。

エラを削る、切るということは輪郭の横幅が狭くなるので、当然 細くすっきりと他人の目に映るはずです。

しかし、エラを切ったのに術後に満足されていない方達のほとんどは、もともと二段エラであった可能性があります。

二段エラというのは 私が作った造語ですが、下顎にある斜線(oblique line)の部分が強く出ている場合、ここをきれいに削らなければいけません。さらに、この延長線上にある、オトガイ神経下を削らなければならないのです。

ですから、斜線部(もしくはオトガイ神経下)を放置して エラのみを削ると、よりいっそう顔の丸みが残ってしまうのです。

輪郭はバランスですから、エラを削りすぎればアゴが目立ちますし。アゴを切りすぎればエラが目立つものです。

自分で「私はエラが張っているからいけないんだ」と間違った診断を下す前に 是非来院してください。

①平常のエラが張っている場合の切除デザイン

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②二段エラの場合の切除デザイン 

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③二段エラに対しての間違った切除デザイン

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詳細につきましてはリッツ美容外科ホームページ:輪郭(フェイスライン)の項をご覧下さい


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大阪院で最も得意としている手術といえば 輪郭全周削り(小顔の手術)です。

小顔の手術といえば エラ(下顎角)削りとアゴ(下顎)削りが代表的ですが、10年以上もこの手術をしていると、意外にエラ削りだけ アゴ削りだけで解決するケースが少ないことに気付きました。

私は輪郭をアゴとエラ そしてアゴとエラの間(オトガイ神経下)の3箇所に分類しています。コンプレックスがこの3箇所のうち ひとつだけの場合は 手術法が決まってきます。

①アゴが小さくエラだけが張り出している場合  アゴのバランスに合わせたエラ削り

②エラは張ってなくアゴだけが長い  エラのバランスに合わせたアゴ削り

このふたつのケースは本人とシミュレーションしながら削る量を決めていくので簡単です。

③ ①②以外のケースは難しいことになります。

例えばエラは張っているが アゴも少し長い場合、エラだけを多く削ると、アゴが長く見えるバランスが生じてきます。しかし、アゴのバランスに合わせてエラを削ろうとすると、エラを希望通りに多く削ることができません。だからといってアゴ`だけを少し削ろうとすると、エラとアゴの間(オトガイ神経下)が残ってしまうので 妙な輪郭になってしまいます。

こういった場合はエラとアゴを希望通りに削った後、最も難しいとされるオトガイ神経下を削らなければならないのです。これによってエラとアゴのつながりがきれいに作ることができるので、バランスのとれた輪郭ができあがるのです。

この手術を 大阪院では輪郭全周削り(小顔の手術)といっております。

 

 

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私の大学時代は 苦学生ということはなかったのですが、食事には苦労してました。

いかに安くおいしいものをたくさん食べるか が毎回のテーマです。ほとんどの日は自炊ですが、試験中や実習がはじまると スーパーに行く時間がありませんから、外食になります。

そんなときのご馳走は 王将の昼定食でした。鶏のからあげに餃子がついて 500円くらいだったと思います。

先日、その味が懐かしく思い出し、王将に行きました。

私は子連れだったのですが、子供が興奮気味で隣の席の6人の男の子たちに愛想をふりまいています。その男の子たちは イヤな顔せずにあやしてくれています。髪型や身なりは今風でしたが賢そうな顔つきをしており、私はとても好印象をうけました。

そこへ店員さんが「おまたせしました」と、皿に山盛りの天津飯が3つと巨大などんぶりに入ったラーメンを持ってきたのです。彼らは それをデジカメで写真を撮ったりして記念写真をとりはじめました。

「これはなんだ」

とメニューを見ると、天津飯もラーメンも3人前で800円の特別メニューです。それをガツガツと食べ始めました。様子を伺っていると、天津飯の一人は食べ終えてますが、ラーメンチームは苦戦してました。私は酔いも回ってきてましたし、見てて楽しかったので、ついに話かけてしまいました。

「きみたちは学生?」

「はい 大阪大学の学生です。」

「すごいなあ。なんの勉強してるの?」

「はい 法学部です。」

つい調子に乗って

「それ全部食べたら おごってあげるよ(笑)」

「マジっすか。みんな頑張れ!」

この子たちが 私たちの将来を支えてくれるんだ、と思うと安いものです。ついに全員が食べ終えました。

約束通りに、彼らの伝票を受け取り、支払いを済ませて帰るときに、さわやかな阪大生たちが、遠くの席から

「ごちそうさまでしたー。あざ-す。」

と大きな声で挨拶されました。ちょっと照れくさかったけど、自分の学生時代を思い出しました。

スヤスヤと寝ているわが子に 「お前もしっかり勉強して 阪大生になれよ!」。

ムリかな(笑)

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50歳の誕生日を過ぎた数日後のことです。朝、起きると

「うっ 肩が痛い」

私は寝相が悪いので、こんなことはときどきあります。

整形外科医でもある私は 長引いたらトリガーポイントに、注射すれば治るだろうな と放置してましたが、

何日経っても悪くなるばかりです。ついに指先までしびれがくるようになってきました。

外科医の私は 最悪のケースから考えます。まず、肺がんを考えました。これはレントゲンで問題なし。次は心筋梗塞。これも心電図で問題なし。となると やはり頚椎ヘルニアか・・・。確かにレントゲンで そのように写っています。しかし、今まで全く病気をしたことのない健康な体でしたから、いずれ治ると信じ、湿布だけで治療してました。けど 痛い・・・・・・・・。

ついにトリガーポイントへの注射、クリニックにある超音波、ステロイドの注射に内服、とさまざまな治療をやりましたが、数日間しか効果がありません。

兄のクリニックに多くのおじいちゃんやおばあちゃんが、腰が痛い、肩が痛いと来院してくる気持ちがわかりました。

そんなある日、実家に帰ったら、母が

「お兄ちゃんのお墓をきれいに建てたよ。今度 見にいってきてね。」

これだ!!たぶん私の肩に兄が帰ってきてるんだ!!私は深夜にもかかわらず、お墓に行って、お線香をたくさん焚いてきました。今年は新盆だし、盆があけるまで我慢することにしました。

翌日、義姉(兄の妻)を喜ばせようと思い、

「うちの兄がオレの肩に帰ってきてるよ。だから痛かったんだ。左肩だよ。ここにいるよ。」

姉「・・・・・・・・・・・・・・・・・。なんか違う霊でも憑いてるんじゃないの(笑)。」

私「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

兄の一回忌が終わり 新盆も無事に終わりました。その頃から次第に痛みは和らぎ、今は湿布もしない状態にまで回復しました。

おにいちゃん、来年もまってるよ。もう少しやさしく来てね。

 



若い女性で「ヒアルロン酸で鼻を高くしたい」と来院される方が多数いらっしゃいます。

ヒアルロン酸を鼻根部に注入することは、全く腫れずに正面から鼻筋がすっきりと作ることができるので 人気のある治療のひとつです。

注入した直後は

「せんせいー。ありがとー。メッチャ変わったー。」

しかし、100人に1人くらいの確率で、一週間以内に クリニックに電話がかかってきます。

りな「ヒアルロン酸が全部溶けてしまったみたいです。」

そんな場合は スグに来院していただいて診察します。術前の写真は撮ってますから、それを見せてあげると

りな「ほんまやなー。前より高くなってんなあ。なんでやろ。」

鼻根部に0.2~0.3ml程度の注入量では、注入直後の変化に気づきますが、毎日顔を見てると 見慣れてしまうものなのです。

こういった方は要注意です。つまり、変化に対して順応しやすい方なのです。

りな「今日も注入していっていいですか。」

私「うーん・・・・・・少しだけだよ。もし、鼻を高くしたいんだったら、いずれはプロテーゼや軟骨を使って高くしてくださいね。」

鼻根部にヒアルロン酸を注入する方の多くは、横顔を見ていないようです。

鼻というのは高さと横幅、鼻先の丸さ、鼻翼の大きさなどのバランスで成り立ってますから、ある部分を過剰に修正してしまうと、バランスの悪い形になってしまうのです。鼻根部に注入し続けると、鼻先との高低差がなくなってくるので、横顔の凹凸が無くなり、平坦な感じになってしまうのです。注入される方のほとんどは正面からしか鼻を見てませんから、これに気づかないようです。

話は変わりますが、先日 学会で東京に行きました。私は昔、渋谷・六本木で遊んでいたので、10年ぶりの渋谷を楽しんでいたら、何千年も前に鼻根部にヒアルロン酸を打ち続けたかもしれない石像を発見しました(笑)。忠犬ハチ公と並ぶ、待ち合わせの名所です。

 

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ある日、りなさんが来院しました。私が注入を拒み続けたので、他院で注入を繰り返してきたそうです。

りな「せんせい、こんなんなっちゃったあ。みんなに変だっていわれるんです。」

私「・・・・・・・・・」

モヤイ像のようになってしまったりなさんは ヒアルロニダーゼで今までのヒアルロン酸を溶かし、耳介軟骨とプロテーゼで、きれいな鼻を作りました。



1959年生まれの私は今年50歳になりました。

なんと半世紀です。気持ちは35歳くらいのつもりでしたから、この現実をつきつけられるとガッカリします。

風呂あがりや、通勤の時に電車の窓に写る 疲れた自分の顔を見ると、このままでいいのか・・・・・

と考えた末、自分を若返らせよう!!!!と決心しました。

実は半年前から、巷で噂になっているレーザーの機械を何台も自分に試し続けてました。

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ある日、大阪院に通院している何人かの患者さんが、

「先生のところにアファームは置かんの?」

「うーん。いろいろ自分にも試してるんだけど、これだ!というものがないんだよね。」

「今までのレーザーよりめっちゃいいで!!この肌見てえや。」

「そうですか。じゃあ、機械屋さんを呼んで試してみますね。」

という訳で、サイノシュアー社に来ていただいて、自分や従業員、今までフォトフェイシャルを打っていた患者さんを呼び出して、テスト照射してみました。

照射したみなさんが、結果に満足していただき、私も購入を決定した次第です。

一回では書ききれない内容ですので、何度かに分けて書かせていただきますね。

最近、若返った自分を想像してワクワクしている毎日です。

http://www.ritz-osaka.com/new_opelist/new_affirm/affirm1.html

 



今年の梅雨は雨量が多いようで、連日のように、豪雨による土砂崩れなどの報道がされています。

誰もが、梅雨は嫌いですよね。

私は、去年から少しだけ梅雨が好きになりました。家庭菜園をしていると いつも晴天では作物が育たなく、梅雨の時期に作物が育っているということに気付いたからです。

昨年は雨量が少なかったせいか、作物に水をあげていると 水道代がはねあがります。こんなに水道代がかかるんだったら、野菜は買ったほうがよいのかもしれない、と思うくらいの金額です。

福島の実家から福島空港に向かう途中には、たくさんの農家があります。先日、空港に向かう帰路で、農家の軒先に「スイカの苗 80円」という張り紙を見つけました。80円でスイカを食べられたら安いよなあ・・と考え、車を止めました。

しかし、海外旅行の帰国時には、生肉や種などを国内にもちこむのは禁止だったよなあ、と思い出し、農家のおっちゃんに

「これから飛行機に乗って大阪に帰るんだけど、苗を機内にもちこんで よいのでしょうか?」

「あー。そんなごといわれだごとねーから おれは わがんね。(福島弁)」

「そうですよねー。うーん。」

仕方なくひとつだけ買っていくことにしました。もし、通過できなくても、80円なら惜しくないですしね。

空港でのエックス線検査を通過するときにはドキドキしましたが、難なく通過。よく考えれば、国内の移動に検疫など必要ないのは当たり前ですよね。

 そのスイカの苗を早速 庭に植えたところ、犬に踏まれ、カラスにつっつかれながらも、実をひとつつけたようです。その小さなスイカの実に

「梅雨のうちに、水をたくさん吸って おいしいスイカになるんだぞ。」と毎朝声をかけてます。

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私が16歳(高1)のころ2歳年上(高3)のガールフレンドがいました。

その子は学年の三大美女といわれるほど美しい女性で、なぜか私なんかとつき合ってくれていたのです。しかし、その当時の私は現代の子と違って、30年前の純情少年でしたから、デートでは手をつなぐことしかしませんでした。それも、彼女のほうから手をつないでくれたのです。

学校が終わると、市内の図書館に二人で行って勉強し、図書館の帰りは喫茶店でコーヒーを飲みました。その当時は、学校の帰りに喫茶店に立ち寄るなんてことは不良のすることでしたから、大変なことをしていたのです。

しかし、楽しい1年はあっという間で、お別れの日が来てしまいました。

彼女は東京の日本女子大学に合格したのです。東京に行く前の日、二人でいつもの喫茶店に行きました。

「僕も必ず東京の医大に行くから、それまで待っててね。」

「うん。志賀君も私のこと忘れないでね。手紙もたくさん書くからね。勉強もたくさんするのよ(涙)。」

「うん、わかった。」

そして、彼女は東京へ旅立ったのでした。

その当時は携帯電話などありませんでしたし、それぞれの家に電話がある時代ではなかったので、連絡手段は手紙でした。私はサイモンとガーファンクルのテープを擦り切れるほど聴きながら、勉強の合間に毎日、手紙を書きました。彼女からも毎日のように返事がきました。しかし、夏が近づいたころから、手紙の回数は減ってきたのです。さらに、便箋は早稲田大学 理工学部のものになっていました。たぶん早稲田大学の彼氏ができたのでしょう。その年の夏休みにも再会できず、私の高校時代の淡い恋は終わったのでした。

先日、サイモンとガーファンクルの大阪公演がありました。そのポスターを観ていたら「あなたは40年前になにをしていましたか」のタイトル。つい、高校時代のことを思い出してしまいました(私にとっては34年前のことですが)。

音楽はその時のことを思い出させてくれます。今回のサイモンとガーファンクルの一時的な再結成は、ファンである私にとっては夢のようでした。一緒に行った妻とは年が離れているので、あまり知らないらしく、涙をしながら聞いている私の隣でスヤスヤと寝ておりました。

 

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私はサケオと申します。私の一生について話そうと思います。

私たち鮭は生まれたときから父や母の顔も知らずに、愛情を受けずに育っていきます。さらに生まれるとスグに本能のままに海に向かって川をくだります。両親探しの旅が始まるのです。「かあちゃーん!とうちゃーん!今から探しにいくからなあ!」

まだ体の小さい仲間たちと海に着くと、「さあ、どこにいこう!」。みんなで群れをなして遠い海にまで探しに行きます。けど海には外敵がたくさんいます。体はまだ小さいので、途中で他の魚に食べられてしまう仲間もいます。親友のサケ太郎はカツオに飲み込まれてしまいました。それでも「元気出して探そうぜ!!」と、力を合わせてみんなで遊んだりするのです。

生まれたころは1cmもなかった仲間たちも2年もすると50cmにもなりました。私の体は47cmと小ぶりですが、誰よりも元気で正義感があります。先だっても仲間のサケ子がイカに襲われそうになったときに、イカの目をつっついて助けてあげました。それからサケ子は私の彼女です。

3年も経ったある日、サケ子は「サケオさん、そろそろ二人の子供がほしいわ。」と私に告白してきました。私も気持ちは同じでしたが、少し悩んだ末、「よし、子供を作ろう!」。もう両親を探すことを諦め、新しい家族を作ることを決心しました。そう思ったら、本能的に二人とも行き先は生まれ故郷の川を目指しました。姉のサケ美と、その彼氏サケ吉も結婚を決意し、故郷の川を目指すことを決意しました。それ以外の友人たちもみんなそれぞれカップルになって団体で故郷をめざすことにしました。気がかりなのはサケ朗です。一緒に帰るとは言ったものの、彼女がいません。私は「大丈夫だよ。川が近くなって、親戚に会ったら、誰か紹介するからさ!!」、と元気づけました。

それから1年も経つと、体長も80cmになりました。サケ子のお腹も大きく、顔立ちも優しくなってきたようです。「優しい子供が生まれるといいわね。」などと話している時です。

「ザバアアアアア!!!」とすごい音がしたかと思ったら、仲間が「気をつけろ!!!人間が仕掛けた網だ!!!」ふと隣を見ると、サケ子の胸ヒレが網に引っかかってます。

「コノヤロー!!!」

私は必死の思いで救助に行きました。サケ子をなんとか助けたとおもったら、私の背びれが網にかかり、どんどんひきあげられていきました。もう逃げられません。

「サケオさーん(涙)」

「サケ子ー!!オレはおいしい荒巻鮭になるから大丈夫だー!!あとはサケ朗とかわいい子供をたくさん作ってくれよー。」

 というわけで、私は立派な荒巻鮭になりました(笑)。

サケ子とサケ朗は力をあわせて川上まで上って立派な子供たちを作ったあと、すべての力を出し切って、笑顔で川に浮いていたそうです。

今年の正月に、いわきの小名浜港で一番高価な荒巻鮭を見ていた時の妄想です。とてもおいしいサケオでした(笑)。

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50歳を目の前にして、物忘れが多くなってきました。

先日、仕事で横浜に行くことがありました。東京、横浜に行ったら、必ず買ってくるものが横浜名物「シウマイ弁当」です。私の中では、日本で最もバランスのとれた絶品弁当だと思ってます。

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甘辛く煮たたけのこ、身の薄い鳥のから揚げ、かつおの甘辛煮、かまぼこ、そしてシウマイです。ご飯にかかったゴマ塩がまた食欲をそそります。ただ不思議なのがアンズです。これをどういったタイミングで食べたらよいのかが今でもわかりません。

新横浜駅に着いたら、崎陽軒に行きます。新幹線の中で食べる分、明日の昼食、夕食分の3つと、弁当の中に入っているシウマイよりグレードの高い特選シウマイを一箱買います。ビールは2本です。特選シウマイをつまみにシウマイ弁当を名古屋駅に着くまでに食べ終えて、名古屋から新大阪までは、新幹線の車内で氷付きのウイスキーをチビリチビリと呑むと、一日の疲れなんて吹っ飛ぶのです。

いつものようにフルセットを買いました。おっと、車内で読む夕刊フジを買い忘れました。荷物をおいてすぐ売店へ行って買ってきました。これで完璧な幸せタイムがはじまります。

そこへ700系ののぞみがやってきました。「かものはし」みたいな顔してブサイクな新幹線だなあ。おれだったらもう少し違ったデザインにするのになあ。などと考え、新幹線に乗り込みました。

荷物を棚にあげて、上着を脱ぎます。おっと上着に財布を入れておくとあぶないから、ズボンのポッケに入れて、と。さあ、まずビールをシュポッと開けて「今日一日にかんぱーい」。

次は特選シウマイです。「あれ!どこに置いたっけ?あれ???」

ジリリリりリリリり。プシューとドアが閉まります。

ふと外を見ると、シウマイ弁当3つと特選シウマイ弁当がプラットホームに置いてあります。「ああっ!!!!オレのシ・シウマイ弁当があああああああ。」

無情にも新幹線は出発してしまいました・・・・・。そうか、夕刊フジを買いに行ったときに置き忘れたんだ。

ほかの弁当を食べる気もせず、ビールだけを飲んでフテ寝して帰ったのは言うまでもありません。



私は恥ずかしながら貧乏性なんです。

大阪に出張で来たばかりのころは毎日ビジネスホテルに泊まってました。ですから毎日掃除が入り、新しい石鹸を2個ずつ置いていってくれます。これを貯め込んでいきますから、約半年くらいホテルで小さな石鹸が200個くらい集まりました。

私は石鹸の香りが大好きなので、お風呂のときには泡をたくさんたてて体を洗い一日の疲れを癒しております。去年、部屋を掃除してたら、その当時ホテルで集めた200個の石鹸が出てきました。これをどうしよう、と考えた結果できたのが、石鹸袋でした。

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(作り方)ホテルの小さな石鹸や使用途中の小さな石鹸と、新品石鹸3個、三角コーナーのネット二枚、輪ゴム二本です。まずネットに石鹸を入れます。これをきっちりと輪ゴムで止め、さらにもう一枚のネットで大きくくるみます。これでできあがり。この石鹸袋で身体を洗うと泡だらけになって幸せになれます。そのかわり、石鹸の消費量はものすごく増え不経済です。 

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私が一番好きなのが、LUSHという店で販売されている[はちみつマーチ]という石鹸です。まず見た目がビックリ!本当のケーキのような形をしてます。また、甘い香りをプンプンさせてます。これには本物のはちみつが練りこんであるので、なめたら甘いのです。しかし、高いので、お客さんが来たときだけしか使えません。

ですから、石鹸袋に一個だけ混ぜて使うと、ほのかにはちみつの香りが楽しめ、ホテルの安い石鹸でも高級石鹸にすることができるのです。



この数年、日本では年金のことが問題になっています(本当に困ったものです)。ですから日本人の誰もが仕事を引退してからのことが不安な状態で生活しています。私もできることならば早目にリタイアして、沖縄やいわきの海の近くで当日食べる分くらいの魚を釣ったり、畑を耕したりしてゆっくりと過ごしたいな、などと考えてましたが、こうなると難しい状況になってきました。

私は一人で生活していた期間が長かったので、炊事洗濯が苦になりません。むしろ好きなほうです。しかし、高齢になって足腰が弱くなったり、病気になってしまったら身の回りのことができなくなってしまいます。こうなったら誰かに助けてもらわなければ生きていけません。こういった状態を[ 要介護 ]といいます。

17年前、母は私たち兄弟に

「私たち両親が死んで、あなたたち兄弟にお金を残すと喧嘩するかもしれないから、財産は残さないわよ」

と言い残し、私財をはたいて特別養護老人ホームを設立しました。財産などを期待していたわけではありませんでしたから、母の好きなようにしてもらって良いのですが、莫大な借金までしてはじめたので「そこまでするかー」と驚きました。現在、母は70歳をすぎているのに、まだまだ拡張計画を練っております。 

 
私「もう年なんだから、あまり無理すんなよ。人生まとめの時期に入っているんじゃないの?」

母「これは私の生きがいなの。これが無くなったら、私はボケて死んでしまっているわよ。あなたたちに迷惑かけているわけじゃないし、社会に貢献しているんだからやらせてちょうだい。」

私「はいはい、わかりました。」

母は人にまかせっきりにせず、毎日のように特別養護老人ホームで陣頭指揮をとっています。広い庭に花を植え、年に一度、施設での盛大な祭りなども企画して入所者の老人たちを楽しませています。祭りの一週間前から町中にポスターをはりまくって準備しているので、息子の私はちょっぴり恥ずかしい思いもしています。

特別養護老人ホームというのは簡単に言えば、[ 一人で身の回りのことができない介護の必要な方のための施設 ]です 。そこでかかる費用も、介護の程度にはよるらしいのですが、ほぼ年金の範囲内です。ですから、こういった施設があれ老後の不安も少し解消しますよね。そう考えると、贅沢さえしないで年金さえ払ってきちんと働いていれば老後は安心なはずです。rojinhome.jpg

そんなことを知ると、私も社会貢献しなければいけないなあ、なんて考えてしまいます。数年前の話ですが、母がタイミングよく

「老人ホームの洗濯機が壊れてしまって大変なのよ。また修理するくらいなら買い替えたいのよねー。150万円くらいする全自動の洗濯機があるんだけど、それがあったらみんな楽になるんだけどなあ」などと言ったので、つい

「じゃあオレが寄付するよ」と言ってしまいました。いざ、幸寿苑でその洗濯機を見て、私も社会貢献できるくらいには成長したんだなあ、などと感慨深く感激に浸りましたが、よく考えたらうちの洗濯機だって10年前のものなのでときどき止まってしまい、買い替えなければいけないものでした。ボロボロの洗濯機で洗濯しながら、社会貢献の大変さを知りました。



そば屋さんで注文をするとき、東京と大阪では「たぬき」と「きつね」の意味が違うので、大変ややこしいのです。。

東京の場合「たぬき」は天かすのことです。ですからたぬきそばにたぬきうどんがあります。また「きつね」はあげのことです。ですから 当然きつねそばときつねうどんがあります。

大阪の場合はこんなに簡単なものではありません。「たぬき」はあげいりそば 「きつね」はあげいりうどんなので、とてもややこしいのです。また、天かすのことは「ハイカラ」といって、ハイカラそばにハイカラうどんは存在します。

この違いの覚え方はマルちゃんのCMです。「あーかいきつねにみどりのたぬき♪」赤いきつねはあげいりうどんで、緑のたぬきは天ぷらそばですよね。 会社も関東の人と関西の人がこんがらないように名前を作ったのだと思います。

私が通ってた慈恵医大関係の人達ならば誰でも知っている「地下そば」(地下フロアにあるそば屋さんだからこういった愛称なのです) には忍者そばというものがあります。これは「きつね」と「たぬき」の両方をトッピングしたい、と考えたある先生が名づけたという逸話があるのですが、たぬきときつねの化かしあいという意味で忍者なのです。

大学病院に勤務すると必ず出張があり、地方の病院を転々とします。そしてその病院には必ず出前のそばやさんが出入りしているものです。誰が広めたのかは不明ですが、そのそばやさんの裏メニューには「忍者そば」「忍者うどん」というメニューが必ず追加されているのです。

私の究極のメニューのひとつ。地下そばの冷やし忍者そばとカツ丼。食べたーい!!!!



先日、ナガシマスパーランドに行ってきました。遊園地に行くのは15年前のディズニーランド以来です。絶叫マシンがおいてある遊園地にいたっては22年前に行った後楽園遊園地以来です。

私は遊園地でほのぼのとした時間を費やすのは楽しいと感じるのですが、絶叫マシンは「楽しい」と感じたことはありません。どちらかというと「拷問」です。どうしてあんな高いところから落とされなければいけないのか理解できません。さらに料金を支払うなんてありえないことです。

しかし友人がどうしても乗りたがってますし、いちいち「オレはきらいなんだ」ということを説明するのも面倒ですから、雰囲気的にも「ひとつぐらいつきあってやるか」と思い、乗ることにしました。

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心の中では「いやだなあ」と思いながら、絶叫マシンに乗ろうとすると、入り口に

①130cm以下の方乗車をお断りします。 「ふーん。子供だと振り落とされて危ないんだろうなあ」

②54才以上の方の乗車をお断りします。  プツン!!頭の血管が切れました。「なにー!!オレは49歳でクリアーしてるけど、あと5年経ったら、危険だというのか!ナメんなよ。乗ってやろうじゃねえか。」

若干、興奮しながら階段を昇り、絶叫マシンに乗り込みました。さあスタートです。カタンカタンとマシンは高いほうへ向かいます。先ほどまで怒ってましたが、意気消沈気味です。頂上につきました。 ガアー!!!落ちていきます!一回転します!遠心力がかかります!「ヒエエエエエー」。・・・・・・・・・・・・・・・・ガタンッ!終点です。思い切り脱力感とともに、足の力は抜け、目が回りました。やはり乗るんじゃなかった。先ほどまで怒っていたナガシマスパーランドさんにごめんなさい、と②48才以上の方の乗車を固く禁じます とあらたに提案したいくらいでした。

しかしフリーパス券を買ってしまったので、これだけでは大損です。次は大好きな観覧車に乗ることにしました。今まで見たこともない高さの観覧車ですから、さぞかし景色がいいのだろうと考え、乗り込んで一息つきました。少しずつ上っていきます。天気がよかったので海の景色が最高です。「ああ、来て良かった。」と思いきや、これは高すぎです!!三重県から大阪府が見える勢いです。足はすくみ、手すりをぐっと握りました。手からは冷や汗をかいてます。心の中で「早く下がれー」と祈りつつ、観覧車が頂点に到着したとき、カタンと音がしたかと思ったら、動かなくなってしまいました。「ヤバイ!故障だ!」死をも覚悟しました。その時です。「ただいま、体の御不自由な方の乗車をしております。故障ではありませんので、そのままお待ちください。」とアナウンスがありました。安心しました。やっとの思いで下に到着しましたが、「もう絶対に乗ってやらんぞ!」と誓いました。

ホワイトサイクロンには感心しました。全て木でできている手作りのジェットコースターです。これは後世に伝えるべき芸術品です。さすがに怖くて乗ることはできませんでしたが、見るだけでも価値のあるものです。是非行って見てください。

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このふたつの乗り物で全身脱力感です。しかしフリーパスを買ってしまったので、あとはおばけ屋敷や、ゴーカートに乗って、遊園地を後にしました。その後、ナガシマスパーランドの温泉でゆったりと湯船につかって帰りました。あーつかれた。



私たちが医師になりたての頃の話です。

医師免許に合格すると、2年間は研修医という立場になって外科系の各科をローテートします。希望科は外科、整形外科、形成外科、産婦人科でした。外科の先輩たちはとても豪快な楽しい先生ばかりで圧倒されます。その中に尊敬できる先生を見つけたりして、ほぼ心の中で「やはり外科かなあ」と決めてました。しかし、将来のことを考えると、開業するには外科では不可能だ、ということに気づいてました。そんなとき研修期間が残り一週間というところで、教授の手術につく機会があったのです。手術中に

「君は研修医だね。」

「はい!」

「外科はやりがいもあるし、楽しいだろう。」

「はい!」

1年先輩でも神様です。教授に対して、普通に話しなどできませんでした。

その晩、忘年会がありました。外科の忘年会は大騒ぎです。皆酔っ払い 楽しく過ごしていたところ、教授が時間遅れで入ってきました。部屋の空気は一瞬にして変化しました。教授は席を移動しながら、いろいろな先生方と談笑して回っています。私たちのグループにもいらっしゃいました。

「おお、君は志賀くんだね」

「はい。(うわあ!名前を覚えてくれている。感激!ドキドキ。)」

「今日の手術では、よく手が動いていたねえ(要するに手術中に気がきくということです)。外科医のセンスを持っているようだね!」

「本当ですか!ありがとうございます。」

「君は外科に入局するのかね。」

「はい。そのつもりです。よろしくおねがいします。」

ということで、この言葉で私の歴史が変わりました。翌日、先輩にそのことを自慢気に話すと、

「志賀、お前の夢を壊すわけではないけど、みんなそう言われてるんだぞ。それに昨晩の教授は呑みすぎて、泥酔してたから、帰りにオレのコートを着て帰ったんだぞ。お前に言ったことなんて、たぶん記憶にないよ。まあ自分の将来は自分で決めろよ。」

「はあ。(がっかり)」

結局、外科に入局して10年間頑張りましたが、現在に至るのでございます。