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若い女性で「ヒアルロン酸で鼻を高くしたい」と来院される方が多数いらっしゃいます。

ヒアルロン酸を鼻根部に注入することは、全く腫れずに正面から鼻筋がすっきりと作ることができるので 人気のある治療のひとつです。

注入した直後は

「せんせいー。ありがとー。メッチャ変わったー。」

しかし、100人に1人くらいの確率で、一週間以内に クリニックに電話がかかってきます。

りな「ヒアルロン酸が全部溶けてしまったみたいです。」

そんな場合は スグに来院していただいて診察します。術前の写真は撮ってますから、それを見せてあげると

りな「ほんまやなー。前より高くなってんなあ。なんでやろ。」

鼻根部に0.2~0.3ml程度の注入量では、注入直後の変化に気づきますが、毎日顔を見てると 見慣れてしまうものなのです。

こういった方は要注意です。つまり、変化に対して順応しやすい方なのです。

りな「今日も注入していっていいですか。」

私「うーん・・・・・・少しだけだよ。もし、鼻を高くしたいんだったら、いずれはプロテーゼや軟骨を使って高くしてくださいね。」

鼻根部にヒアルロン酸を注入する方の多くは、横顔を見ていないようです。

鼻というのは高さと横幅、鼻先の丸さ、鼻翼の大きさなどのバランスで成り立ってますから、ある部分を過剰に修正してしまうと、バランスの悪い形になってしまうのです。鼻根部に注入し続けると、鼻先との高低差がなくなってくるので、横顔の凹凸が無くなり、平坦な感じになってしまうのです。注入される方のほとんどは正面からしか鼻を見てませんから、これに気づかないようです。

話は変わりますが、先日 学会で東京に行きました。私は昔、渋谷・六本木で遊んでいたので、10年ぶりの渋谷を楽しんでいたら、何千年も前に鼻根部にヒアルロン酸を打ち続けたかもしれない石像を発見しました(笑)。忠犬ハチ公と並ぶ、待ち合わせの名所です。

 

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ある日、りなさんが来院しました。私が注入を拒み続けたので、他院で注入を繰り返してきたそうです。

りな「せんせい、こんなんなっちゃったあ。みんなに変だっていわれるんです。」

私「・・・・・・・・・」

モヤイ像のようになってしまったりなさんは ヒアルロニダーゼで今までのヒアルロン酸を溶かし、耳介軟骨とプロテーゼで、きれいな鼻を作りました。

1959年生まれの私は今年50歳になりました。

なんと半世紀です。気持ちは35歳くらいのつもりでしたから、この現実をつきつけられるとガッカリします。

風呂あがりや、通勤の時に電車の窓に写る 疲れた自分の顔を見ると、このままでいいのか・・・・・

と考えた末、自分を若返らせよう!!!!と決心しました。

実は半年前から、巷で噂になっているレーザーの機械を何台も自分に試し続けてました。

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ある日、大阪院に通院している何人かの患者さんが、

「先生のところにアファームは置かんの?」

「うーん。いろいろ自分にも試してるんだけど、これだ!というものがないんだよね。」

「今までのレーザーよりめっちゃいいで!!この肌見てえや。」

「そうですか。じゃあ、機械屋さんを呼んで試してみますね。」

という訳で、サイノシュアー社に来ていただいて、自分や従業員、今までフォトフェイシャルを打っていた患者さんを呼び出して、テスト照射してみました。

照射したみなさんが、結果に満足していただき、私も購入を決定した次第です。

一回では書ききれない内容ですので、何度かに分けて書かせていただきますね。

最近、若返った自分を想像してワクワクしている毎日です。

http://www.ritz-osaka.com/new_opelist/new_affirm/affirm1.html

 

今年の梅雨は雨量が多いようで、連日のように、豪雨による土砂崩れなどの報道がされています。

誰もが、梅雨は嫌いですよね。

私は、去年から少しだけ梅雨が好きになりました。家庭菜園をしていると いつも晴天では作物が育たなく、梅雨の時期に作物が育っているということに気付いたからです。

昨年は雨量が少なかったせいか、作物に水をあげていると 水道代がはねあがります。こんなに水道代がかかるんだったら、野菜は買ったほうがよいのかもしれない、と思うくらいの金額です。

福島の実家から福島空港に向かう途中には、たくさんの農家があります。先日、空港に向かう帰路で、農家の軒先に「スイカの苗 80円」という張り紙を見つけました。80円でスイカを食べられたら安いよなあ・・と考え、車を止めました。

しかし、海外旅行の帰国時には、生肉や種などを国内にもちこむのは禁止だったよなあ、と思い出し、農家のおっちゃんに

「これから飛行機に乗って大阪に帰るんだけど、苗を機内にもちこんで よいのでしょうか?」

「あー。そんなごといわれだごとねーから おれは わがんね。(福島弁)」

「そうですよねー。うーん。」

仕方なくひとつだけ買っていくことにしました。もし、通過できなくても、80円なら惜しくないですしね。

空港でのエックス線検査を通過するときにはドキドキしましたが、難なく通過。よく考えれば、国内の移動に検疫など必要ないのは当たり前ですよね。

 そのスイカの苗を早速 庭に植えたところ、犬に踏まれ、カラスにつっつかれながらも、実をひとつつけたようです。その小さなスイカの実に

「梅雨のうちに、水をたくさん吸って おいしいスイカになるんだぞ。」と毎朝声をかけてます。

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私が16歳(高1)のころ2歳年上(高3)のガールフレンドがいました。

その子は学年の三大美女といわれるほど美しい女性で、なぜか私なんかとつき合ってくれていたのです。しかし、その当時の私は現代の子と違って、30年前の純情少年でしたから、デートでは手をつなぐことしかしませんでした。それも、彼女のほうから手をつないでくれたのです。

学校が終わると、市内の図書館に二人で行って勉強し、図書館の帰りは喫茶店でコーヒーを飲みました。その当時は、学校の帰りに喫茶店に立ち寄るなんてことは不良のすることでしたから、大変なことをしていたのです。

しかし、楽しい1年はあっという間で、お別れの日が来てしまいました。

彼女は東京の日本女子大学に合格したのです。東京に行く前の日、二人でいつもの喫茶店に行きました。

「僕も必ず東京の医大に行くから、それまで待っててね。」

「うん。志賀君も私のこと忘れないでね。手紙もたくさん書くからね。勉強もたくさんするのよ(涙)。」

「うん、わかった。」

そして、彼女は東京へ旅立ったのでした。

その当時は携帯電話などありませんでしたし、それぞれの家に電話がある時代ではなかったので、連絡手段は手紙でした。私はサイモンとガーファンクルのテープを擦り切れるほど聴きながら、勉強の合間に毎日、手紙を書きました。彼女からも毎日のように返事がきました。しかし、夏が近づいたころから、手紙の回数は減ってきたのです。さらに、便箋は早稲田大学 理工学部のものになっていました。たぶん早稲田大学の彼氏ができたのでしょう。その年の夏休みにも再会できず、私の高校時代の淡い恋は終わったのでした。

先日、サイモンとガーファンクルの大阪公演がありました。そのポスターを観ていたら「あなたは40年前になにをしていましたか」のタイトル。つい、高校時代のことを思い出してしまいました(私にとっては34年前のことですが)。

音楽はその時のことを思い出させてくれます。今回のサイモンとガーファンクルの一時的な再結成は、ファンである私にとっては夢のようでした。一緒に行った妻とは年が離れているので、あまり知らないらしく、涙をしながら聞いている私の隣でスヤスヤと寝ておりました。

 

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